謎の集合住宅「清洲寮」
都営大江戸線及び東京メトロ半蔵門線の「清澄白河駅」の清洲橋通り側の出口のまん前に写真でご覧のように、建てたのはおっソロしく古そうだが、よく見ると丁寧にメンテしていそうでレトロ趣味の方には垂涎の的のような集合住宅らしき建物があります。
この建物、1階は駐車場またはテナントになっていて、2階以上が住宅のようです。
写真の中央に2階以上に行くための階段があり、そのうえに大きく「清洲寮」と看板があります。
私がこの清洲寮の中に入ったのは、はるか昔、今から50年以上も前の私がまだ小学校入学したての頃と思われます。この住宅は白河小学校のまん前ですから、当然白河小学校の学区域だったはずでして、明治小学校の私たちとは接点がなかったはずですから、ただただ階段すべり程度の遊び場として利用したと思われます。したがって、悠に50年以上は経っている住宅のはずです。
現在の私の通勤経路上にも位置している縁もあって、私はいつもこの住宅の存在を不思議に思っておりました。
すなわち、「この集合住宅はどのような来歴があるのだろうか?」「同潤会アパートの一種であろうか?それにしては一向に建て替えの様子がなさそうだ。」「それに同潤会であったら、あの清洲寮という看板は一体何なんだ?」「清洲寮とあそこまで大きな看板を掲げるからには、きっと質素で倹約第一の堅実な企業の寮なのであろうか?それとも消防庁の寮かも?」などなど・・・妄想していた次第であります。
ところが、暮れの朝日新聞「わが家のミカタ」で、たまたまこの住宅に関する特集記事が掲載されておりまして、すべての疑問が氷解いたしましたので、謹んでここに大要を引用させていただきます。
ます゛、所有者は嵐田雅子さん(65)、彼女のおじいさんが当時ヨーロッパで最新の集合住宅を見てきた工務店主に頼み、なんと完成は昭和7年!! なんとあの深川大空襲の時は白河小学校のプールからのバケツリレーで延焼を免れたそうであります。あらゆる予想を凌駕する古さです。
一時期は空き部屋に悩んだようですが、空き部屋にユニットバスをつけると、レトロ好みの若者が続々と入居、おまけに地下鉄大江戸線開通で一気に好立地。それでも家賃は2Kで6万円台と超お安い!!今では全66室の3分の2が若者だそうである。
メンテは外壁塗装3回、防水工事2回、配管交換数知れず、だそうである。どうやら、露出配管のため、「配管交換数知れず」というのが長持ちの秘訣のようである。
ガレージには、漢字カタカナ交じりの注意書き、住戸の玄関は木の格子戸、部屋番号は階段別に「イ号」「ロ号」の○番といった具合。したがって、映画ロケも頻繁だそうである。
清澄白河駅近辺ばかりではなく、今や東京中見渡す限りの高層・超高層集合住宅だらけであり、大震災がきたならばどんな黙示録的阿鼻叫喚の光景が展開されるのだろうかと、想像するだけでも息が詰まるような今日この頃でありますが、そんな中で、この清洲寮を眺めていますと一服の清涼剤であり、なぜか気持ちが落ち着くのは私だけでありましょうや?
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